ケアの心と政治の始まり

テレビをつけると参議院選挙、SNSを開くと参議院選挙。。。とても大切なことです!!

そんな、政治の礎をきづいた人の一人に聖徳太子さんが頭に浮かび上がります。

聖徳太子は、飛鳥時代の皇族であり政治家です。推古天皇の摂政として、冠位十二階や十七条憲法を制定し、

仏教を奨励するなど、天皇中心の中央集権国家体制の確立に尽力しました。

また、遣隋使を派遣し、大陸文化の導入にも貢献しました。

具体的に聖徳太子さんはどんなことを??

冠位十二階の制定:役人の位階を12段階に分け、能力主義による人材登用を促しました。

十七条憲法の制定:役人の心構えや行動規範を定めた、日本初の憲法と言えるものです。

遣隋使の派遣:中国の隋に使節団を送り、進んだ文化や制度を学びました。

仏教の奨励:法隆寺や四天王寺を建立し、仏教文化を広めました。

国史の編纂:「天皇記」「国記」などの歴史書を編纂しました。

これらの業績から、聖徳太子は日本の古代国家形成に大きな役割を果たした人物として知られています。

聖徳太子さんが築き上げた制定は、聖徳太子さん自身の哲学や考え方がまず基礎にあったのではないでしょうか?

〜1500年の時を超えて、あなたのまごころに寄り添う言葉〜

私たちが今、大切にしている「ケアの心」
それは、1500年前にすでに日本で語られていたとしたら――
あなたは、信じられるでしょうか。

聖徳太子(574-622)は、まだ仏教も医療も定まらない時代に、
人と人との“調和”と“共生”を何よりも尊われていました。

特に

“十七条憲法”の第1条・第2条・第十条などに込められた「思いやり」「調和」「心のあり方」

第一条「和を以て貴しとなし、忤(さから)うことなきを宗とせよ」

これらを我々のケアの世界に例えると

誰かが弱ったとき、病んだとき、心が折れそうなとき、その人の“痛み”に寄り添い、調和の中で生きる術を探す――

まさに、介護・看護・医療に携わる人の原点ではないでしょうか。

そして

第二条「篤く三宝を敬え」
人が道を誤らず、正しく生きるための指針を大切にせよ

当時、三宝というのは仏・法・僧だったと思いますが、これを我々のケアの世界に置き換えると

現代の私たちにとっての“三宝”は、いのち・倫理・信頼かもしれません。

第十条「怒りを棄て、人の違いを責めるな」

目の前の患者さんが、もしくは職場の仲間が、
あなたが思うように、また期待通りに動いてくれなくて、あなた自身が落ち込む前に、

することがあります。それは、
なぜ、そのようになっているのかその背景を理解し、ため息まじりの攻める心を超えて、まず結果に寄り添うこと

そして、解決に向けて、今度は違う角度から物事を考えて、アタックする。また、頼っても良い人にも素直に相談する。

なぜか?

あなたが今日、誰かにかけた優しい言葉

あなたが黙って整えたシーツやおむつ交換の一手

慎ましく相手に添えた心配り

など

そんな世界中、誰でもできることではないことを、あなたはできるんです。

そのすべてが、1500年前から続く“和のケア”のやさしさなのです。

日本の心、遺伝子に焼き付いているやさしさ。

忘れたくないですね。

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